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(千年の木には千年の氣が宿る。revive〜日本の文化を後世に残したい。鳳創業以来初めて新車を購入しました)

他人というものはそれほど自分を見ていてくれるものではない。だから示すのだと言うが、示すほど相手は脇を向いてしまうものだ。

ではどうして自分を相手に示すのかと言う。それがいけない。人間というものは相手に示すために、他人に見せるために行動しているうちは、決して自分の本当なら動きはない。

本当の動きがないと、どんなことをしても相手は本当には感じない。

泣いて芝居しても一時だ。芝居小屋を出るとすぐ醒めるように、次の瞬間には、その涙のために生じた同情はすぐ消えて、冷たい批評となる。

見せるために忙しく立ち回るその努力を自らの行動のために移せば、そう見せて歩かなくても見る人は見る。

しかしそれでも見ない人はどんな仕事をしても見ない。それで良いのだ。

見せよう、示そうという心の方が訂正を要する。
野口晴哉

おはようございます。「無為自然」〜それを座右の銘にするハルカびともいますが「作為が無い」というのは簡単そうで大変難しい事です。

作為が有る〜自分の損得勘定を判断基準に持ち、営業する〜それだけでお客様は引いてしまいます。

作為が無い〜何事も自然で結果的に人様のお役に立っている。判断基準が損得よりもお客様が喜ぶ事を大前提に考える〜それが大切だと思います。

そんな振る舞いをしていると自然に人が集まり、「なんかこいつの役に立ちたいな」という気になるのが人情ではないでしょうか。

マズローの6段階目の欲求
「自己超越」

それは何はさておき、誰かのために役に立とうとする事です。その愛が家族というくくりだけでなく広くなればなるほど多くの人が必要とする様になります

と言ってもそれが出来る様になるには相当な歳月がかかります

私も50歳を超えるまでは、自分のことで精一杯でした。

「己に誇れ。己に恥じよ」
近藤社長から30代に教えて頂いた言葉ですが、その大切さを見に染みて感じます。ただ行動するだけで人様の役に立てる人になりたいものです。

才能の差などほとんど無く、意識や考え方や熱意の方が大切かと思います。今の私が鳳諸君に指導している事はただのそれです。

本日は久しぶりの雨です。
ご安全にお願いします。