万日回峰 山中康弘   

鳳凰はるか天空にあり  一挙、9万里はばたけり  知らず天地有情の間 孤影の百雷をもって来たらんを (10000歩まで毎日更新)

2020年12月

2020年大晦日

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根のない雑草はない
茎のない雑草はない
新芽のない雑草はない
葉のない雑草はない
花の咲かない雑草はない
実の稔らない雑草はない
そして名のない雑草はない

おはようございます。
今、大晦日の朝5時です。
生活習慣とは恐ろしいもので朝5時に目覚め事が身体に染みついています。

今年は鳳を立ち上げて20年目、最高の年でした。そう言うとある役員が「社長は毎年同じ事を言ってますよ。経営で苦しんだ時でも岩尾社長から人脈をもらった。それが最高だった」みたいに毎年苦しかろうが辛かろうが「今年が一番最高」と年の終わりに言ってましたよ。と 

そう言えばそうでした 笑

生きた証というか自分の一つ一つの過去を悔やむ事はありません。自分の運命が大好きです。

そこには「毒を喰う」と言う精神が私の中で根付いています。

今年大変影響を受けた著者は、執行草舟でした。

「毒を食らえ」とは何か。それは、自分にとって「嫌なもの」「つらいもの」「厳しいもの」を、自らのなかに取り入れて、成長していくことである。

ミケランジェロは「私は普通の人間が死ぬであろうほどの毒物を食べることによって、それを自分の糧としてきた人間である」と語ったそうです。

また、乃木希典は息子がニンジン嫌いだとわかると、ニンジンだけを毎日食べさせて克服させたという。むしろ「毒抜き」をすると、身体も精神も弱ってしまいます。

人それぞれに毒は違います。その嫌なものを避けているのが今の世です。「毒を食らえ」とは何か。それは、自分にとって「嫌なもの」「つらいもの」「厳しいもの」を、自らのなかに取り入れて、成長していくことである。

心も身体も頭も嫌なものに対して挑戦して自己化(自分に取り込む、自分のものにする)していかなければ人はタフになれない、進化も出来ないと強く思います。

小池知事は、「命が一番大切」と声高に叫びます。良くも悪くも動物と同じになりました。小池さんだけでなくこれが今の日本人です。

(自分の)命より大切なものがあると言うのが昔の人間でした。人間を人間たらしめるのはそれしかないと思うのです。

何でもいいので愛する人、愛するモノに命を捧げる事が出来ればそれが生きた証だと思います

稲盛塾長は「困った時は苦しい道を選びなさい」と言われます

困難は誰しも嫌なものですが、その毒を喰らう、誰もが嫌がる困難な道を選ぶ事で強くなれる様に思います。

今年はコロナという毒を喰らいました。その毒に自ら飛び込んで経営出来た事で会社が別の形に変容しました。

それは私の力ではありません。私など及ばないハルカびとの才能が顕在化した事が一番でした

皆さんの12月の活動報告が昨日揃いました。皆さんの文章に力強さを感じました。

頼れる人間に成長しています。

私の様な社長と共に歩いてくれた事に心から感謝します。

轍(わだち)を踏むな、轍を拓け

世の中の流行りなど気にせずに我々の生き方をしましょうね。

本当に本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

そしてくだらない文章を一年も読んでくれた読者の皆さんが来年も幸せであります様に

感謝 山中康弘拝









自信とは?

あの自信満々の人物たち(私)は、どこに根付いているのだろう?彼らは見せかけの地位や、少しだけの知識や技術をもって自信を持つのだ。

それは(他者)の承認が得られているからである。もちろんずば抜けた一芸に秀でたものには、何かが見えてくるかも知れない

生涯をかけてその道を極めた人だけにはその真実が見えているのかも知れない。そんな人はこの世にほんのわずかだ。

大半の人間の自信はただの見せかけだけのものだ。目の前の立派さだけにすぎない。

それをいくら積み重ねてもそこから真実に辿り着く者はいない。それどころか、その様な(私)は自慢し優越を誇り、(他者)を見下すものだ

(他者)を見下した時から、人には真実がまったく見えなくなるものだ。(他者)に対し純粋に怒る者には真実と出会う可能性があるが見下し差別する者の怒りからは真実は絶対に見えてこない。

だからその辺にごろごろいるニセ物の自信に満ちた者など信じるに値しないのだ。真実なる自信は、すべてを失った時に現れてくるものだ。

何もかも手に入れている者の自信など、無いに等しい。だから君がそんな自信を目指しているとしたら、いまのうちからそんな生き方を見捨ててしまうことだ。(ループ〜、忘れ去られた記憶の旅より 森下しょうよう著
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(魚を獲るカワセミ。来年は我々の分岐点)

今の日本に講演家や経営者でも森羅万象全ての事が分かっているという勢いで自信たっぷりに話される人がおられます。

それがどうも苦手です。講演家と呼ばれる人はエンターティナーであり、その時はすごく耳障りがいいのですが、翌日には何も残っていません。

ほとんどがハウツーで場渡り的な単なる処世術に過ぎません。
その場しのぎの答えでその瞬間だけ気持ちが和らぐだけで根本的な解決になっていない事が多い様に思えます。

私は小学校からずっと自信がないし、才能に負い目があります。だからこそ毎日の学びを継続出来ます。

自信たっぷりの傲慢な人ほどアヒルの様に水面でバシャバシャやっています 笑

私もここ一年社内外で相談を受ける事が増えましたが未だに自信がありません。しかし聞かれたら自分の答えを言います。

しかし残念ながらその答えは、私の言葉ではありません 笑

その答えは私の答えではなく相談する人の話を聞いてその人の中にある答えを言葉にしているだけです。

相談する側の人には必ず答えがあります。その答えを知るために相手の心に耳を傾けます。

相談相手の思いを言葉にして具現化する。ただそれだけです。

ただそれだけなのです 笑

和食で和(あ)えものというのがありますが不均一で一番美味しいぐらいにとどめる事をいいます。ついでに言えば和食に「混ぜる」というのはないそうです

和えるのは均一ではなく彩りが一番混ざった状態です。ハーモニーでありミックスではないのです。

人間も均一に混ぜくり過ぎの教育をしない事で個性が光ると思っています。

本日は30日です。昨日は外の掃除で今日は普段やらない社長室の掃除です。生まれて初めての福岡年越しで新鮮です。

読者の皆さんとはるかビトの幸せを願いつつ。

ウィルスの引越し

イタリアのパオロ・ジョルダーノ「コロナの時代の僕ら」の一コマです。

環境に対する人間の攻撃的な態度のせいで、今度のような新しい病原体と接触する可能性は高まる一方となっている。

病原体にしてみれば、ほんの少し前まで本来の生息地でのんびりやっていただけなのだが。

森林破壊は、元々人間なんていなかった環境に僕らを近づけた。とどまることを知らない都市化も同じだ。

多くの動物がどんどん絶滅していくため、その腸に生息していた細菌は別のどこかへの引越しを余儀なくされている。
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(良いお年をお迎えください)

我々は地球をいじめ抜いてきたせいでそのしっぺ返しを受けています。

私たちが自然破壊をするものだから本来は森の深くで生きていたウィルスと人間が出会う機会をつくり、ウィルスが森から我々の身体に生息する様になってしまいました。

アスファルト道路は綺麗に見えます。そしてその上のゴミを片付ければ綺麗になったと人は思います。

しかしそのアスファルトの下にいる生物、ミミズやモグラはたまったものではありません。

私がセミならどうやってアスファルトのフタをされた地中から抜け出ればいいのでしょうか?本当に利己的でセミにはアスファルトそのものが粗大ゴミです

物の見る位置や視点を変えてみると善悪も入れ替わってしまいます。

一元論で考える〜そんな時代ではないのでしょうか。

今日で仕事納めです。

本当にありがとうね。
皆さんの流した汗をムダにはしません。また来年もよろしくお願いします。

君たち無しでは生きていけない点で私はコロナと一緒です 笑

そして森の中、牛たちと育った私がインフルエンザにかからないのはその辺に理由があるのかも知れません。





解釈力

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(我が家の玄関は正月気分です)

「自分の人生は大いなる何かに導かれている」準備された世界ではないのかと思う事が多々あります。

もしかしたら今自分に起こる全ての出来事も出会う人たちも私の中だけに存在するだけで実は全てが実体がないのではないかと幼い頃から思っていました。

皆さんとの奇跡的に見える出会いももちろん偶然ではないと思っています。

田坂さんの本にこう書かれています。
「ああ、あの人と出会ったことで、人生が好転した」 「あの出来事があったから進むべき道が見えた」「あれは何かの導きだったのだろうか」

そう思った瞬間に人生の風景が全く違って見えてくるだろう。

そして人生で起こること、すべてに深い意味があると考える様に心がける。いつもどの様な意味があっての出会いなの?どのような意味があって導かれたの?と考える事が大切に思えます

全ては「解釈する力」です。

「この苦労は自分に何を教えようとしているのか?」
「この失敗は自分に何を学ばせようだしたのか?」
「この挫折は自分に何を掴ませようとしたのか?」
「この病気は自分に何を気づかせようとしたのか?」

その様に考える事が人生を好転させるのだと思います。そしてその原因を自分だけに求める、全てを自己責任にする事が出来れば素晴らしい人格が育つのだと信じています。

鳳諸君はもっとタフになれると信じています。

いつのまにか明日で仕事納め。

本日もご安全に。
今日もありがとうね。




旭山動物園

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北海道の小さな市営動物園は、テレビで随分取り上げられたのでご存知の人も多いと思います

4年前の社員旅行で行きたかったのですが、そこに行くと他に行けなくなるぐらいに遠いので断念しました。

もともとは 極寒の地で1984年をピークに来客数は減少して、市議会にて廃案決議の候補に毎年上がり続ける財政の足を引っ張るお荷物動物園でした。

それか1995年、園長に就任した小菅氏が新たな発想で一大改革し、3年後の1997年以降は入園者が急増、2004年7月は、18万人、8月は32万人と東京上野動物園を抜いて日本一を記録しました。

東京の人口は1500万人いますので日本一など当たり前です。鳳が東京に出れば10倍規模になりますよ。鳳だけでなく地方でやれている企業なら当たり前です

さらに2006年には、300万人を超えて350万人の上野動物園に次いで国内二位の人気動物園になりました。

市営動物園という零細経営、北海道旭川空港からバスで一時間という地の利の悪さです。その経済効果は入園者の旅費、飲食、お土産代などの経済効果は年間80億円にも推計されました。

お荷物どころか地元に及ぼす貢献は、はからずもがなです。

では小菅氏は何をしたのか?どんな学びを過去にしていたのか?

彼は北海道獣医学部出身です。もともと動物についておそろしく学んで来られたのでしょう。やる気があってもこの学びがなければ発想など出来ません(鳳諸君もそうなのですよ)

その深い知識をべースにして、これまでの動物園の考え方を捨てて根本から考え直しました。

なぜ動物園は人気がない?
そもそも子供たちの多くは動物が好きなのになぜ動物園が好きとは言わない?そんな根本的な事をずっと考えたそうです。

来園者の声を聞くと「動物たちが面白くなさそうに空を見ているか寝ているだけだから、ちっとも面白くない」と言う声が多かったのです。

確かに佐世保の石岳動物園でもライオンや象がゴロンとしていたのを記憶しています。

動物園は動物がもっとも活き活きしているところを見せていません。それどころか一番つまらない姿ばかり見せていました。

動物行動学で最も活き活きするのは、餌を食べる時、繁殖する時、遊んでいる時で、狭い檻に入れられて行動すればどうなるか分かるでしょう。

しかも夜行性の動物を昼に見せても寝ているだけです。

そこで小菅氏は餌を食べているところ、遊ぶところ、行進するところなど、動物の「行動展示」という考え方を理念の真ん中に置きました。

さらに小菅さんは「お客さんが来るわけがない」と言われた真冬に動物園を開場しました(今のコロナ騒ぎの中で活躍している会社と同じです)

しかし動物を知り尽くした小菅さんは、ペンギン、北極グマ、アザラシなど冬の動物は真冬が面白いという事を知っていました。
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初めはおそるおそるの開業でしたが一年の半分の休業が一年を通じて人気スポットになりました。

オラウータンは、木から木に移るとき、両手を離しません。そんな動物の行動科学を取り入れて設計変更していきました。

動物園という日本の成長の箱物行政(文明を先に、文化を後に)で経済の豊かさを求めたツケがこんな形で再生したケースでもあります。

ハードウェアでなくソフトウェア(中身)を変えたイノベ〜ションの例です。

そこに忘れてならないのは、小菅氏に大きな権限を委譲した事です。

今年、私がやってきた事は、それです。やる気のある者に年齢に関係なくプロジェクトの頭になってもらう事です。そこには会社の理念だけ揃えて貰えれば後は自由です。

そして先程の東京の話と同じですが、日本語圏の1億人のマーケットでなく20億の英語圏でやります。

国内市場と同時に外貨を稼いで日本に持ち込む事に挑戦したくなりました。20倍の効果があるので英語圏で通用するビジネスモデルにしたいわけです。

動物も人間も同じです。それぞれの社員が活躍する場所を模索して1人残らず幸せな仕事が出来る様な会社にしていきましょう。

ペンギンの行進や目の前の北極グマのダイビング、引退前に皆さんと訪れてみたいです 笑

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